blog

アンネ・リスベットの御礼のこと

Oct 2

2012

アンネ・リスベットの公演から1カ月、
またも御礼文が遅くなり、大変すみません。
遅くなってしまった理由はまた別記事で掲載します。
まずはアンネリスベットの御礼をさせていただきます。

ご観劇くださいました方々、応援くださいました方々、本当にありがとうございます。
おかげさまでとても素敵な公演になりました。

一人芝居というのは初めてのことで、
幕を開けてみると、こんなにも不安になるものかと驚きました。
普段の会話劇であれば、
人の台詞を聞くと、それがヒントとなって次の台詞が出てきたり、
多少失敗しても、だれかが助け舟を出してくれるのですが…
一人では失敗したらしったきり、誰も助けてくれません。
不安になったぼくは、
音楽や映像などを組みこんで、進行上の手助けをしてもらおう、
ヒントをたくさんいただこうという考えをおこしたのです。
ですがよく考えてみれば、
本番中、誰に音響・映像操作を頼むわけにもいかず、
頭から曲と映像をノンストップで流しっぱなしにするほかないのでした。
そうなってきますと、
曲と曲の間や、きっかけときっかけの間に、
『台詞を「ちょうどよい長さで」言い切らなければならない』ので、
それはそれは繊細な作業が強いられるのでした。
つまり、台詞をちょっと飛ばしたり、間違えたりすると、
映像や音楽と合わなくなってしまうのでした。
ようするに、ただただ難易度が上がってしまったという事態でした。
ただでさえ一人芝居だというのに、間違えが許されないという縛りで、
気の弱いぼくは大変緊張をいたしました。

最終的に、間違いがなかったわけではないですが、
大きく失敗をすることもなく公演できました。
稽古をしてきたことも自信になりましたが、
台詞のひとつひとつをお客さんに伝えたいという思いを最後まで持てたことが
ぎりぎりのラインを守れた要因だと思っています。本当によかった。

『アンネ・リスベット』の魅力は、母子の愛憎だけでなく、その言葉選びにもありました。
原作のアンデルセンは詩人でもありましたし、
そもそもこの話は童話にするつもりもなかったのか、アンデルセン自身の母への愛情の告白のようなものさえ感じます。
その母への憎しみと愛情に、僕はすごく惹かれたのです。

これをただただ読んでしまえば、難解で終わってしまいます。
たぶん世界的に人気のないというのも、その言葉選びの難解さと、無意味さだと思います。
母と子の愛憎を詩的な難解さで描くというのは、童話には向かなくても、
日本の地下演劇には最適です。
ぼくが『アンネ・リスベット』を舞台に上げたいと思ったのは、
そこにアングラな臭いを感じたというのもあります。
であれば、薄暗い部屋で、夢のようなお化けのような芝居に、「血」を浮き立たせるような空間をつくることが、ぼくの楽しみになってきます。
『アンネ・リスベット』にはお化けの話も出てきますので、
夏の一夜にちょうどよかったかもしれません。

こちらに舞台写真をいくつか載せておきます。
イメージだけでも伝わるといいです。

アンネ・リスベット舞台写真   アンネ・リスベット舞台写真

アンネ・リスベット舞台写真   アンネ・リスベット舞台写真

どこにでも持ち運びのできる公演ですので、ご興味のある方はご連絡ください。
そのうちyoutubeにもアップできるかもしれません。

今回、『寺山修司幻想写真館「犬神家の人々」』の会期中にもかかわらず、
画廊を貸していただいたポスターハリスカンパニーさんにとても感謝しています。
ありがとうございました。

Comments