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アンネ・リスベットのはじめのこと

May 12

2012

アンネ・リスベットは、まるで、ミルクと血のようです。


この言葉ではじまる「アンネ・リスベット」は、「人魚の姫」の話で有名な童話作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの書いた物語です。

アンネ・リスベットにはふたりの子供がいて、
一人は、自分の腹を痛めた赤ん坊。もう一人は乳母として手厚く育てた赤ん坊です。
実の子のほうはとても醜く、障害もあるようでしたのでみぞほり人夫に預けました。
乳母として雇われた公爵家の子息はそれはそれは美しい赤ん坊で、アンネ・リスベットはその子を育てるのをほこりに思いました。

これは母の話です。
きっと読者が母と出会う話です。
などというと、一気に寓話になってしまいそうなのでやんわりとにしておきます。

童話の面白いのは、寓話が生まれそうになればそれを拒否し、すべては神(聞き手)に捧げるために書かれるというところです。
聖書には寓話が必要でしたが、供物には寓話は必要ないということなのかはわかりませんが、
不思議と世にのこっている童話というは寓話を持たないものです。

子供に読みきかせする際に、読み手(大人)が理解できるものとして筋書きを微妙に変えてしまい、寓話に変化させてしまうと、子供の楽しみがうばわれます。

さてさてアンネ・リスベットはどうでしょう。
話の筋としてはとてもありきたりで、どうとでもでも読み取れそうな物語です。

ざっくり筋だけ追ってみますと、

その後、アンネは田舎町でひっそりと暮らしているのですが、思いたって子供に会いにいきます。
自慢の公爵家の子息のほうは、アンネのことをすっかり忘れていてかけ合いません。
みぞほり人夫にあずけた醜い息子も、海で死んでしまっていました。
死んだ息子は幽霊となって母親に会いにくるのだけれど、母はおびえて墓を半分しか掘ってやれず、息子は海にかえってゆきます。
心を入れ替えた母親は、それから毎日海に出向いては息子のために祈ります。
やがて、息子の幽霊があらわれ、母親にあなたはもう半分のお墓をあなたの心の中に掘ってくれましたので、これで天使になれますという。

とかなんとか。
実の息子のことを何十年も顧みなかった母親が、その期間をとりもどすように、それからというもの、息子のことだけを考えて生きて、息子の墓を自分の中に掘り上げるという美談!
と読んでしまえば、それまでです。

しかし、物語で不要なものが「解釈」なのでしたら、
このざっくり筋も、ていのいい解釈です。

ではどうするか、もっと鮮度を保って、極力、生のままとどけたい。
もっと生のまま届けるには、どうするか。
ことばにするしかない。
判断はすべて聞き手に与えるかのようなことば。
それが童話ってもので、だからこそ世界中で愛されているし、これを演目にする人もおおい。
それに、アンデルセンは詩人でもあるので、言葉選びがとても面白い。

生みの親、育ての親の対比を「まるで、ミルクと血」というあたりも、ずいぶんとシャレがきいているように思います。

このアンデルセンの描く、女とか、母とかを、やってみようかと思うのです。
アンネ・リスベットの一人称で、アンネ・リスベットの物語の一人芝居として再構成したら、
はたして天使となった息子に会うことはできるのだろうか、

こんどの目的は、作劇によって天使に出合えるかというところでしょうか。
アンネリスベットがみようとした景色にも興味がありますし、
どうなるかやってみたいという思いがつよいのです。

八月末にお目見えできることかと思います。

おそらく20分ほどの短い芝居、どこにでももっていける芝居にしようかと思っているので、
これを平木大士のレパートリーにできたらいいなという目論見もあるのです。

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