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前記事の付記のこと

Jan 16

2012

ひとつ前の記事で森鴎外がでてきましたが、

世界の文豪や偉人たちというのは得てして奇人変人であったり、神経の繊細なゆえに弱い人間であったりするものでして、

森鴎外の代表作『舞姫』も
自身の海外留学中に知り合った外国人美少女たちをモデルに描いたというトリッキーな恋物語でした。

孕ませたドイツ人の美少女を日本に連れて帰りたいと思っても、
公費留学でなにを外人にうつつを抜かしよるかと叱咤され
少女を捨てて日本に帰り、少女は発狂するという話。

それを以下のような文章で書いてあるわけです。

『余がしばしば芝居に出入りして、女優と交わるということを、官長のもとに報じつ。
さらぬだに余がすこぶる学問の岐路に走るを知りて憎み思ひし官長は、遂に旨を公使館に伝へて、我官を免じ、我職を解いたり。』

留学中に芝居小屋に出入りして女優と遊ぶものだから、職を追われたという文章。
なんて軟派なんだろう。

この固い文章と、軟派な内容とのギャップが大変面白くはないだろうか。

この主人公は若いこともあって、まだ世の中をしらず、
この少女と一生を添い遂げるというようなことを言っていても、
結局は社会的地位や名誉に流されてしまうのだった。
こうゆうのを男の美学というのかもしれない。

同時代人でいえば、尾崎紅葉もたしか女を捨てて出世しのではなかったかしら?
智恵子抄で有名な高村光太郎も智恵子を捨ててますし、
中原中也は女に捨てられ、しかもその女は小林秀雄にとられました。

堅実に付き合ったのは石川啄木で中学時代に知り合った堀合節子と死ぬまで添い遂げる。
といっても石川啄木は享年27歳。結核。なんとも壮絶なものである。

ただ、このような女を捨ててまでも出世をとる時代に、啄木はなかなか腹が据わっていて
このような名句を残している

『友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ』

かくいうぼくも、何度この句をつぶやいたことか。


それにしても、どこまでいけども男と女の小宇宙。
いつの時代も悩む内容なんてほとんど変わらないんだからむなしいもの。
千年前の源氏物語を読んで、甘いため息をつく文学少女、文学淑女、文学ババアがいるくらいですからね。

もっと進化したいものですよ。

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