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犬のこと

Jan 20

2012

草っ原だった隣の空き地を、いつか愛犬のドッグランにするんだと狙っていたのですが、
ぼくが中学に上がったころには大きな家が建ち、
「幸福な家族」の見本市とでもいうような家族が越してきた。

垣根の低い庭をもち、道路に面したガラス張りの室内には小市民からすればえらく整えられた調度品が並んでいるのがみえる。
週末には車の清掃をする父親に、瞬く間に近所付き合いを獲得し地域に溶け込んだ母親、
成績の良い娘と、野球の好きな息子といった構成だった。

毎週客人を迎えては、庭でバーベキューをはじめるので、風下のうちは燻されてつづけてくすんでゆき、ついには外壁をピンクに塗りかえることになった。

そうゆう家族であるので適度に泥棒にも入られたようで、たまに窓ガラスが割られ警察がきているのを見かけた。

成績のよい娘とは比較的歳が近く、しかもぼくの部屋とさし向いの部屋が彼女の部屋だったようだが、あけっぴろげのこちらのカーテンに閉口したのか、しばらくするとあちらの鎧戸が閉じられたままになった。

なにせこちらは近所付き合いというものをほとんどしない家族であった。
父はもう家にいなかったし、母も仕事で遅くまで帰ってこないうえ近所付き合いというもののわずらわしさを憎んでさえいた。
われわれ兄弟も祖母の家にいりびたり、
ただただ愛犬のみがさびしそうに庭に繋がれているばかりであった。
うちももともとは芝生の青々とした庭であったのだが、
犬を飼い始めると、爪で掘り返され小便で腐りあっとゆうまに砂地になった。

閑散としていて人の寄りつかない家は
もちかするとあちらの家族の理解の外にあったのかもしれない。
いや、私見でいけばきっとぼくらのことをこう憐れんでいた。
「かわいそうな家族」と。

こうして「幸福な家族」と「かわいそうな家族」とが並んで暮らしていたわけであるが、
シンデレラがお城の舞踏会に憧れるように、ぼくもあちらがわの生活というものがいったどんなものであるのか興味があった。

しかし母は「うちは家の中に手をかけるのよ。みてこのあたらしいテレビ。」とやたら家電をかいあさっていた。だが、どうみでもあちらの家族のガラス越しにみえる室内のほうが綺麗であった。
なんでもうわさによると「東京から引っ越してきたらしいよ。」とのことだった。

あるとき、まだ幼かった妹と弟が二人で家で留守番をしていたのだが、
どうもふたりして留守番が怖くなっていたらしく、庭先で泣いていたら、幸福な家族の母親にみとめられて、うちにご招待されたらしい。
手厚い歓待をうけ、美味しいお菓子とお茶を御馳走になったそうだ。

「部屋はどうだった?綺麗だった?」とぼくがたずねると、弟は
「おにいちゃん、うちとは全然ちがったよ。」とのことであった。

『ちくしょう東京め。ちくしょう幸福め。』
どうやらぼくはそのころから幸福というものを憎むようになったらしいのだ。

仕返しに、ぼくは自分の部屋から見える、その閉じられた鎧戸の奥に凄惨な物語があることを想像した。そうしてその部屋に、外部に漏らすことのできない非常な過負荷があるために、外部に向けては笑顔でいられるのだと妄想した。ちょうど押入れに荷物を押しこんで、室内の綺麗を装っているようなものだと。

その後、あちらの家族はどこまでも幸福な家族の階段を順当に上がっていった様子で、娘は地域では一番の高校に進学したというのを聞いてはいたが
先日実家に帰ったときには自分の車を持って悠々と運転している姿がみられた。弟のほうは大学せいなのだろう。
そうしていまでもバーベキューは続いていた。

ぼくが愛犬の散歩にいこうと庭へでると、幸福な家族の母親から声をかけられた
「お仕事のほうはお忙しいでしょう。」

あちらからすると「今日は寒いですね」「晴れてよかったですね」など天気の話をするくらいのまったく悪意のない気楽さで発した言葉なのでしょうが、
こちらはまたも幸福というなの凶器で殴りつけられたおもいであった。
「ええ、まあ。」
とくに仕事という仕事もなく親の仕送りでかろうじて暮らしているぼくは、お茶を濁すとそそくさと散歩に出かけた。
だがその日、年老いた愛犬を川に落とすという失態をおかして、愛犬とともにドロドロになって帰ってきたぼくは、父と母にしこたま怒られた。幸福な家族の母親は、またも懐かしいあの眼をこちらへ向けると、それ以来話しかけてくることはなかった。

汚れた犬を洗うこちらの庭の隣では、今年もまたにぎやかなバーベキューが行われていた。

(この物語はフィクションです。実際のお話を多分に盛って書いてあります。)
(真冬にバーベキューやるなんて、それはそれで狂ってるでしょうよ。)

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