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時計のこと

Jan 17

2012

時計について面白い話を読みまして、ちょっとこちらにも書いておこうかと。

もともとぼくも「時計」というやつにはなんだか得体の知れない感覚がありました。
地球の公転を一年、自転を一日。ここまではまだわかります。

が、そこからさらに
一日を二十四時間、一時間を六十分、一分を六十秒とする、
というこのあたりからちょっとあやしいのです。


それまでの時計は、日時計・砂時計・水時計など自然の力をかりたもので、
「時」というものは現象によってうかがい知るものだったのですが、

あるとき人は、人工物・機械の力をかりて、
万物にすべからく、「一秒」という間隔の「時間」を規定したのです。

『時計は、なにを生産するわけでも、なにを破壊するわけでもなく、ただひっそりと控え目に存在しているだけで、人々の意識を根本的に変えたのである。』

そうして、さらにこうつづきます。

『時計は、自然の時間、神の時間を加工するという意味で、いわば反自然の工房、悪魔の工房といった様相を帯びるのである。』

万物と同じく神の副産物である人間が、人工物を生みだすことで、またもや神に反逆をするということのようですが、まあ神話の部分はおいておくとして、

歯車時計とは「時間」を箱の中に閉じ込める、
人間の手につかめるものとするという行為にはじまり、

「時」を加工し精錬し文明化し、そうして抽象的かつ論理的な「時間」として取り出すのだ。

という。

ここで筆者はこの行為をユートピア(理想郷)へと結び付ける。

『ユートピアとは元来、歴史の無秩序な流れとは対立したものであり、論理的であって、完成を志向するものである。
ユートピアの構造を支える諸部分は、歯車のように互いに噛み合って、固く結ばれ合っている。ユートピアとは、一本の軸を中心に回転する機械の世界なのである。』

つまり理想郷というものは万物が理路整然と作り込まれた人工物による世界であって、そこにノイズなどは存在しない。
それは自然のものであった「時(歴史)」を、歯車によって加工し管理し「時間」とした『時計の構造』とぴったり同じなのだという。

おそろしいのは

『ユートピア建築家が曲がった河川をまっすぐに修正するように、時計は時間を修正するのである。時間は必ずしもまっすぐではなく、むしろ幾重にも折り畳まれていると考えた方が真相に近いのではないか。』

ということろだ。真実を(たとえ時でさえも)、思いのまま矯正できるというのだ。

それがいったいどうゆう現象を引き起こすのかということが次にあらわれてくる。

トーマス・マンの『魔の山』という小説にはこのようなことが描いてあるらしい。

毎日決まって同じ時刻に運ばれてくるスープがあるとして、
それが昨日も運ばれてきたように、明日も明後日もと続いてゆくと、
時間の区別がわからなくなり、時間が溶け合ってしまって、
永遠に目のまえにスープが運ばれてくるという、前後の広がりのない「現在」しかなくなる。

つまり、時間秩序に支配された世界は、帰って無時間の世界、永久に続く「現在」の世界となってゆくというのだ。
ここまでくると、ユートピストらの全景が見えてくる。

つまりはパノラマ島奇譚のようなものだ。絶頂たる現在を永久に続かせるという野望。

文字盤がすべて一様に円いのも、
歴史の直線的な時間を加工して、無窮動の循環的時間という、人工的時間に変化させるためではないかと続けている。

『円い時計の文字盤は、歴史の持続を否定した、永遠の象徴でなくて何であろうか。』


これで、ようやく納得がいった。
デパートで一個二千円で売られているような目ざまし時計もあるのに、
なぜ小さくて音もしない、さして構造も違わない、ただただ精密なだけの腕時計が何百万もするのか。

それは、高級腕時計という精密な人工時間を所有したいと思う彼らが、
脈々と受け継がれた歴史をも否定し、永遠というユートピアを手にれようとしているユートピストだからなのだと。

高級時計をもつことを「ステータス」ともいうが、
あれは財力を誇示しているわけではなく、
己のユートピアを実現しようという野心もあるぞという男のワイルドな魅力を表していたのだ。

なるほど。
どうりで女には見向きもされないし、
ユートピア志向のない民衆的感覚の現実主義者には無用の長物なのだ。

と金持ちへの嫉妬をこうした形でぶつけてみたかっただけです。

ぼくはといえば……ユートピアは現実に持ち込まずに、劇空間の世界(あちらがわ)に作ろうとするもので、もしぼくが劇中の人物であれば、時計を欲しがるのかもしれないです。

だから遅刻したとしても、「こいつは民衆感覚の現実主義者だ」と思ってもらいたいな。


最後に、寺山修司の「さらば箱舟」にはこんなシーンをあげておわりとします。



鋳掛屋「時計を持てば、誰だって日を昇らせたり、沈めたりできる。
    ホラ、日を沈めるよ。」

 と、鋳掛屋が時計の針を手で回す。針が進み、時計が鳴りだす。
 たまたまその時が来ていたということだったのだが、地平線に日がゆっくりと沈んでゆく。

スエ「(びっくりして、時計をみつめて)奇跡だ!」

 久し振りに顔を見合わせて微笑みをかわすのである。

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