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火傷のこと

Feb 11

2012

 走れども周回遅れの児の背には蒼黒き霧の焼け跡ありし


同級生に佐川くんという火傷もちの子がいた。
皮膚のただれのせいか運動も苦手で、校庭を何週もするマラソンでは、常にビリケツ。
つぎつぎと追い抜かれてほかと大差がつくのだけれど、意地の悪い同級生がカウントしていてまだ走り終えていないと申告するので、手も抜けなかった。

かれに友達がいなかったのは、火傷のせいではなく、身体の貧弱のためだった。
たたいたら折れてしまいそうな腕、伸びない身長、そして成績もよくなかった。
なんだか干からびたようなほのかな体臭もあった。
神経過敏で、弱いくせにすぐ怒った。薄いプライドを持っていた。
つまり、彼は嫌われ者だった。
いってしまえば火傷というは、かれの身体的特徴のおまけみたいなものであった。

ぼくも運動のできないほうだったが、佐川くんに共感することもなく、かれと付き合ってもおもしろくないとおもっていたので、あまり関わりもなかった。
ただ、かれの背中の火傷のあとを羨ましくおもったたとは覚えている。

かれは身体的苦しみを、そのまま肉体に火傷の痕としてあらわしているのだった。

しかし、ぼくがその当時かかえていた苦しみは、いっこうに外見にはみえてこなかった。
ぼくは火傷なんて目じゃないほどの苦しみを抱えていた。そのときはそう信じ切っていた。
だから、この苦しみが彼のように身体にあらわれないと言うことは、肉体がウソをついているためだと思った。
ぼくは、自分の身体、皮膚がウソをついているのだと信じ込んだ。

しかし、こころの傷などというものは、時間が癒していく。
火傷の傷は整形するほかは治しようがない。貧乏だった彼はおそらく一生あの火傷と向き合わなくてはいけないかもしれないのだ。
そんなことはもちろん今になってこそおもうことで、
まだ十年たらずしか生きていない当時のぼくにとっては、そんなこと考えようも実感もなかった。
子供には、十年という生きた尺度しかない。
たぶん、あのときの一分は、いまでいう一時間くらいだろう。

だからかかえていた苦しみというのも、陽の沈まない砂漠で何十年も十字架にくくりつけられているような感覚だった。

だから、陽に焼かれた肌が、すこしでも火傷としてあらわれてくるべきだとおもっていたのだが、肌は最後までウソをつきとおした。


佐川君とは中学まで一緒のようだったが、途中で転校したのか、あまり記憶にない。
クラスも同じになることはなかった。

昨年、近所の学校でマラソンをやっていたのをみかけた。
一人だけ飛びぬけて遅い子がいて、ぼくはふと佐川くんを思い出した。

その子の顔は見えなかったけれど、その子に魔法をかけてやろうという悪戯心がわいた。
彼の体操着のしたには、かれの苦しみが内側から霧が染み出したような蒼黒い焼け跡があるのだと信じ込んだ。
かれは走るペースを変えず、重たい足取りで校庭を走っていった。
かれにもかたるにかたれないくるしみがあるに違いない。
それは大人の尺度でははかれない壮大な地獄(世界)なんだ。
あの子はしりもしない。こうしてあのときの自分がこんなところに描かれているだなんて。


 隣人の庭にしのびて鋏いれ草木の王とわれは名乗りし


しかし、そうなんです。すべてはぼくの妄想みたいです。
佐川くんなんていう同級生もはじめからいなかったし、
火傷の痕もぼくがかってにゆめみていたみたい。
この引き算のあとには何がのこる?

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