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美術のこと

Jan 24

2012

美大の卒業展示。
卒業をひかえた美術大学生の現在をぶつけるという若さあふれる作品のかずかず。

どれもすばらしいなんてことはもちろんありませんが、
活動の軌跡として現在をたくさんのこしていくことのできるというのは
後年の礎となります。

わたくし美術関係はてんで素人で、素人目にしかみることができませんが、
それでもじぶんなりの作品の楽しみ方というのがありまして、
なぜそれを作るに至ったのか、なぜ作ろうと思ったのかという原点をたどるということです。

課題を与えられてこたえていった作品もあれば、
内面に触れていくようなしずかな作品もあり
理論からうまれた幾何学的なものもあれば
怒りからうまれたようなものもあり、童心から生まれたようなものもあり、
さまざま。

さすがに大学だなと感じたのはデザイン科の展示物で
雑貨屋に置いてありそうなお洒落な小物だったり、
あたらしい生活空間を提案するような建築模型、
近未来の乗り物をイメージしたデザイン模型などがつくってあって、
その脇にはプレゼンテーションができるよう作りこまれた資料がおいてありました。
その資料も電気店なんかでオススメの商品の機能性能をだれにでも分かりやすくつくられた模造紙一枚分くらいのもので、
子供たちが笑顔でそのモノにふれたり、CGの人間が車に乗っていたりと、まあよくできておったわけです。
デザイン系会社の就職を考えているような人たちがそうゆうものを作っているのでしょうが、そういった社会生活に有用なものを培うというのは、
高卒のぼくからしたら、とても大学感がありました。

また、この才能はいったいどうつかうのだというような作品ももちろんあり、創作の第一歩を踏み出してしまったがために深みにはまり、今後苦しいながらも作品を作り続けなければならない使命を背負ってしまった方々もおられました。
となるともう媚薬や阿片のようなものなのでね、中毒ですよ。やめられません。


さてさて、たくさん作品をみていくと、ある程度傾向のようなものが見えてまいります。

ある最小単位(主題)を繰り返していって作品にする、反復の作品群。
個々人の防衛機制から、それぞれの反応をそのまま作品に反映させていった、作品群。
時間を止めることによって保存したり、現在からひきはがしたりする、静止の作品群。
それから巨大化したり縮小化したりする、相対的作品群。
ある事象や衝撃を再現しようとする再現の作品群。

まあまだまだあるんでしょうが、素人なのでこれくらいで。
なんにせよこうして分類していくと、そこに原点というか、
ものづくりに対する原動力を、そこから得ているのだなというのがみえてきます。

いままで存在しなかったもの、存在しなくても困らないものをどうしても欲してしまったがためにそれを作りださなくてはならないときには、
この「~しなくてはならない」という思いに憑かれなければなりません。

でないとこの無為の作業には耐えられないでしょう。
憑かれているあいだは、これが世界にとって、じぶんにとって有意義だとおもっているわけだし。おもっていないといけない。

学生というのはパワーがありますから。
こちらもフレッシュさにあてられて活力となります。ありがたいことです。


昨日、「パッション」という映画をみました。
映画の中では、監督役の人物が「パッション」という映画を撮っています。

その劇中映画「パッション」はとてもアーティスティックな映画で、
レンブラントの夜警などの有名絵画を人間をつかって再現したり、
台詞のほとんどない幻想的な映像ばかり撮ってゆこうとします。
脳みそを刺激する眠たくなるような映像ばかりで、ストーリーなどわかりません。

そのくせ監督役の人物は「照明が違う!今日はもうやめだ!明日にする!」といって撮影も進まず、スタッフも離れていくし、役者もおもうようにそろいません。
台本もあってないようなもの。監督の頭の中にだけ映画があるのです。
それでも明日明日と先送りにしては、お金ばかりがどんどん消費されてゆきます。

痺れをきらしたプロデューサーが「ストーリーだけでも教えてくれ!」と叫びます。
そうしたら新しいスポンサーを説得してお金を調達できるかもしれないからです。
ですが監督はストーリーの話になるとがっかりしたような顔をして、「またそれか。」となにも喋りません。

仲好くしていた女の子からも「どんなお話しなの?」と聞かれても「きみまでそれか!」と請け合いません。
そこで女の子は「映画のタイトルは?」と聞きます。
これには監督はとても自身に満ちてこう答えるのです「情熱(パッション)だよ。」と。

ここでようやく謎がとけてくるわけです。
監督がどうしてその映画を撮っているのか。それは「情熱」からなのです。
ただそれだけなのです。情熱を原動力に、情熱に正直に、情熱の燃えるがまま、映画に打ちこんでいるのであって、
この映画で描きたいのは、映画にうちこむという情熱。映画とつくりたいという情熱。


情熱にはストーリーなんてものは、最初からいらないんです。

この映画にかぎらず、ものづくりをする人間なんてのは
原点はきっとこの「情熱」なんです。


『世界を救って自分を救う考えは間違いだ。間違いだと思うよ。』
『俺は最後の言葉がみつからん。』
(「パッション」監督:ジャン・リュック・ゴダール)

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