blog

陪審員のこと

Jun 29

2010

 つづきまして……
スターダス21カンパニー
「Twelve Angry Women」 (「12人の怒れる男」より)
原作:レジナルド・ローズ
翻訳:額田やえ子
演出:藤田ごう
(シアターシャイン)
こちらも友人が出演しているお芝居です。
といいますか、僕がむかしいたところでして、
ここの養成所を一年で辞めちゃったのです。
そのときの同期が出演しています。
それはそれはもう、養成所にいたときでも
養成所を出てからでも、同期の方々には
迷惑なことをたくさんしでかしまして、
同期の方々とは、実はすごく顔をあわせづらいのですが……
この方だけは、いつも芝居の連絡をくれます。
本当にお心の広いありがたい方です。
ちなみに「庭師トマの殺人」でもクレマンス役として声の出演をしていただきました。
本当にお世話になりっぱなしです。
話は変わりますが、最近はすごく友人は大切だなと思っております。
どうして僕はいままで友人を大切にしてこなかったのか
そうできなかったのか
悔やまれますが、もう過ぎたことですので、今後気をつけることにして話を進めます。
さて、このお芝居は、
「12人の怒れる男」といえば聞いたことがある方もいるかと思います。
もとはアメリカの映画だとか。
陪審員制度のお話で、12人の一般人から選出された陪審員の方々が、ある一室で、担当する事になった殺人事件について話あっています。
日本だと、三谷幸喜さんの「12人の優しい日本人」とかで有名かもしれません。
ヤンキーの息子が親父を殺した容疑で逮捕されています。
階下の老人も深夜に親子が争うような物音を聞いているし、階段を駆け下りてゆく青年の後ろ姿を目撃している。
線路を挟んだ向かい家に住む女性も、自室の窓から、向かいの現場で被害者が刺されるのを目撃している。
凶器の刃物は指紋をふきとられているし、その刃物を青年が購入するのを店の者が覚えていた。
被疑者の青年は犯行時は映画館で映画を見ていたというが、そのタイトルすら思い出せない。
ほぼすべての状況と証言が、青年が犯人であることを示していた。
陪審員もほぼ少年が有罪ということで話をまとめようとしていたが、
たったひとりだけ、無罪を主張するものがいた。
陪審員制度の取り決めで、全員一致の評決でなければ、もう一度審議をやり直すことになる。
多忙な中時間を割いて集まった人々は、その反対した一人に激怒する。
しかし反対を唱えた人物は、次々に自分が何を疑問に思うかを述べてゆき……
最終的には無罪を主張する者が12名全員となる。
犯行時は電車が走行中で、物音を聞けたかどうかも怪しいし、向かいに住む女も実は視力が悪かったりと、どうも不透明な点がたくさん浮かんできて、
「合理的疑問」というのがでてくたためらしいです。
内容はひどく探偵小説のような興奮を覚えるつくりとなっていて、
十二人がやかましく喋りあうのを聞きながら、推理をしていく感じです。
偏見により、不当な死刑を請求してはいないか、一般市民に法制度の一部をゆだねてよいのか、等々陪審員制度への思いがある本なのですが、
今回の演出の意図としては「制度に賛成とか反対とかいうつもりはなく……いつでもなにかを問いかけ続けている作品の普遍性をさぐる」というようなことを当日パンフに書いてあった。
ふうん。
そういえば、僕がまだ養成所にいたころに、この方の演出を一度だけうけたことがありました。
(まだ僕も若かったので)つまらない演出だなとおもって、適当にあしらったのを覚えています。
ですが、今回は、つまらないなんてことなかったです。
一人ひとりの人物の個性を探って、十二人にわかりやすいキャラクターを演じさせていました。その個性のつけかたが、十二名という大所帯の一幕芝居の中では必要であったのでしょう。
おかげさまですごく見やすく仕上がっていまして、
僕の後ろに座っていた方も、「いや~すげぇ面白かった~」とうなっておりました。
……。
制度に流されるままに集まって、制度に流されるままに簡易裁判のようなことやらされて、毎月おこる生理のようにちゃっちゃと処理しちゃおうとする人物方々。
そこに一人、毅然と立ち向かう勇敢な女性。
このアメリカ的構図。
ストーリーとしては、使い古されているけれども、「普遍的」というところでいえば、まあセオリーなんじゃないでしょうか?
しかし、どんな海外ものであれ、人種を演じるとなると、その基礎知識が薄い分、世界観に入り込めない部分はありますよね。
日本は単一民族ですし、海外からの民族の侵入に過敏です。
だからいまでも、縄文顔とか弥生顔とかで区別がされちゃうくらいに。
そこへきて、人種のサラダボウルの国の、数多の人種代表の方々を演じるとなると……
それから、宗教観とまでなると、
神の国日本からすると、ちょっと悩まされてしまう。
その難点を解きほぐすためにも演出家がいるのですが……
たぶんそこまでは俳優方々に知識と技量が備わってはいなかったかもしれません。
なにせ養成所を出た若いかたがたですので、いたしかたない部分も。
いかんせん、自分がもといた場所ですから、
負けず嫌い根性も働いて、すこしく厳しい意見もでますけども、
「劇団」という体系が好きな僕からすると、このカンパニーという単位の所在なさを
気持ちが悪くかんじてしまうのかもしれません。
……ごめんなさい。
しかしです、どなたも初々しくて、真面目に取り組んだのだなという勢いは感じました。
そのそれぞれがもっている芝居熱が、今後どういった形で花開いていくのか、すごく気にはなります。
またまだ中途段階であるという自覚は、各々もっているようでした。
そのひたむきさは、頭が下がります。
むき出しの果実のような、危なっかしくもみずみずしい演技、といえばなんとなく伝わるでしょうか?
それから、十二人一幕という舞台をもたせることも大変だったことと思います。
稽古にしても、全員そろってなくてはできないでしょうから……スケジュール調整も大変だったでしょう。
ご苦労様でした。
それぞれが違った思惑で芝居にとりくんでいるという、なんとなく慣れない感じはありましたが、
中には、ぎょっとするような芝居を飛び出させる方もいましたし、
もうあらかたやりつくして、ほかのステージに立ったほうがもっと違った世界がひらけそうだと思う方もいらっしゃいまして、
一人ひとりをゆっくりと見ていくには面白い時間でした。
僕がみた回は、前半はちょっと不安定でしたが、後半はキュッと締まって
なかなか見応えのある感じになっていました。
ここ数日は友人の活躍ばかりみていまして、
僕だって小さい人間なもので、
はらにいちもつ生まれるわけです。
正直、羨ましく、妬ましくわけですよ。
どんな場所であれ、どんな芝居であれ、
演劇をやれている状況というのは
いいもんだとおもいます。
ま、
なんにつけても、演劇ってのはいいもんです。
(初めに書いたのがなんとなく偉そうだったので、修正しました。)

Comments