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逢う路

Jan 17

2009

(続きです)



さて、前後しますが、宮崎では父の友人が経営する温泉宿で一泊させていただきました。何度か訪れて毎回良くしていただいているのですが、今回はいつも以上に、感謝の気持ちが堪えません。その父の友人の方に、一から十までこの一年の現状と、これからどうしていこうと思っているかを相談し、どうしていけば、自分が自分らしく納得していけるのか、そういった道は一体どのようにしたら開けていけるのだろうかということを明け方近くまで一対一でお話ししました。

そのおじさんは、できる限りの誠意と、今まで積み上げてきた経験とで、ひとつひとつ丁寧に、言葉を選び返答してくださいました。

こんなにも衝撃的なことはありませんでした。いまでも感謝の念は僕のなけなしの温情の泉から湧き出しています。

そのおかげで、いくつかはっきりした、目先の行動が決まりました。

恥ずかしいことですが、少しだけ書いておくと、「もうこれ以上、人を切らない。」です。思いのほか簡単に整理されていく友人友好関係…。類は友を呼ぶといいますが、類が少ない場合は友も少ないのだ、なんて言葉を傘にして、雨風を凌いでいたのですが。そういった、保守的といいますか、守りの構えというのは、一言で言うと暗いです。

門戸を開け放つというと先ほども述べましたようなこともあり、どれだけ恐ろしいことであるのか、ここ数年は特に身にしみています。

自分の庭をわがもの顔で土足で荒らされる恐怖。日本にアメリカなるものが進入し、この土壌を荒らされてきたことは、現在の状況を見ればその模型はいくらでも転がっています。だからこそ、余計に、わが身の内ほどは守り通すぞと思うのですが…



だから、おそらく、こういった構え方と違ったポーズをとればいいのでは?

窓や門を開くだとかいう構えではなく、別の…水を見分けるような方法があるはずだ。それはただいま模索中。



それから、そのこととは別に、そのおじさんは、僕に対して、支柱になるよといってくれたのが大きなことです。文字にすると、えらく大仰ですが、なにも、年がら年中支えていてくれだなんで甘えたことは、僕も望みません。一人ひとりが一本の木だとして、小さな枝を一本ポキリと折って、これ使いなよと渡してもらえるだけで、僕は天にも昇る程ありがたいのです。

そういったことを、血のつながった家族ではない僕にまでしていただけるおじさん。本当に愛情の深い方です。

……すごくいいことを言ったきがします。

小さな枝を一本渡すことができる人、小さな枝で満足できる人が溢れれば、世の中はもっと素敵になるのでは。





さて、その後は……帰省して、母方の祖父母に挨拶したり、級友と飲みに行ったり、犬の散歩をしたり、猫と戯れたり……



太宰府天満宮の大祓いの儀式にも参列しました。人型に切り抜いた紙に自分の一年の穢れを移し、大祓いの祝詞が神職の方々そしてアルバイトの方々によって唱えられる中、焚き上げる。焚き上げる時になって急にあられが降り出し、また少しくこの土地が畏ろしくなりました。ありがたいです。



もちろん、初詣にもいきました。まずは氏神さまのほうから。





そして、これまた縁あって、父方の祖父母にも御挨拶できましたし、父の実家と縁ある神社にも参拝することができました。これは本当にありがたいことでした。お札も戴いて、今では大切にお祀りさせていただいております。





すこしく茶を濁すならば、母方の祖父の親族という方ともお会いしました。

僕の方は取り立てて面識もなかったのですが、あちら様の方では、えらく僕ら兄弟のことを気にしておられて、僕の芝居の公演情報などをプリントアウトまでして持ってきてくれているほど熱心でして。しかしながら、九州の方の方、特に南方や大陸の地が混じっている気の強い方々というのは、お酒が入ると(男性はとくに)厄介になります。

また、人にもよるのですが、説教好きの場合は、さらにです。

説教好きとかくと、母からはきっと、まだまだわかっちゃいないなんていわれそうなので、書いておきますが……

自分は社会というものを把握しており、民意や世論だなんてものを先読みもでき、あたかも、自分が日本の社会を動かしている一因を担っていると思っている方々にとって、若手の育成という名目は不可欠な役目であり、自分の一手によって、成長を促せる、また促せることのできる知識をもっていると信じておられる方が多い。特に50代60代男性に…

よくテレビの野球観戦で監督気分のお父様方が気持よく持論を撒いていますが、あれの拡充バージョンだと思ってもらえたら。

そのうえに酒ときたら、手もつけられず、同席していた弟も「あれはしかたがないよ」とその後ボヤいていました。



そういった方々の常套手段は、まず最初の立ち位置からすでに違うのです。

望まずに、僕らは彼の監督するチームになぜだか組み込まれており、ポジションを割り振られます。あれよあれよという間に、流暢に持論と武勇伝と知識の広さとをもの語り、自分は先人であるとい証拠を列挙します。

こちらは、「はい」という以外に手はないのですが、そういう人に限って、「ハイ」では答えられない質問をして、「若者の乏しい言語を引き出し、会話へと導く長者の知恵」という規則本通りの手を打ってきます。

大抵の利口な若者ならば、「ならば、その手に乗って、この場を凌ごう」と方舟に乗っていきます。わたくしは泥船の漁師を目指していますもので、意地でも「ハイ」「……」で、どんどんつまらなくどんどん目が淀んでいきます。



教師としては、篩にひっかっかった、問題児を発見したわけです。

が、しかしです、彼は本物の教師でもなければ監督でもなく、最後まで付き合う気もさらさらないのです。今この時間に与える電撃的一手が問題なのであって、テレビの前で、ゴネルのが仕事の善良な一市民です。

「おまえは根性がない。据わってない。」

「お前の眼は俺を見下しとる、俺のことをバカにしとる。」

……何を言っても通じないとわかっている相手に対して、交わす言語はもとよりない上に、彼の土地にいては彼の理論と彼の法則のみが真実なので、住み家はなく、取りつく島もなく……。どんなに意欲をそがれても、それでも選別して身になる部分はいただこうと、努力を重ねていたのですが、そんな中、そこまで言われ、しまいには、

「こういう奴はね、一発くらしてやったらわかるんですよ。」

とまでいわれると、苦い葉をかじった顔になるのは仕方ないです。



こうして、世の中学生はそういう何かに対して諦めていくのかもしれあいなと、無気力の原因を発見した気にもなりました。

ただし、

「人をなめる奴は、仕事もなめるんですよ。」

と言われた言葉は深くしまってあります。その一言は自分と照らし合わせていったいどうなのかと、日々検証してみようかと。

それで、もしそうでないと断言できるようになれば、僕は受けた言葉すべてを整理してお返しする準備ができるからです。

ともかく、僕はその会話上にて、祖父母と母との前で、彼の理論に屈した風になり、恥をかかされたと思っています。

おそらく、下手に血がつながっているばっかりに、人間同士の思いやりの壁を越えた、演説会場が用意されたのです。



それでも、受けた辱めはいつか返さなくてはならないと思っています。

そして、ここにこうして書くことで、少しは恩返しができているのではないのかとも思っています。





濁しすぎました。



そうした年末年始を様々な角度から体験させていただきました。



その後も毎日犬の散歩に掃除にとゆったりとした時間を過ごさせてもらいました。ここ一年ばかり行っていなかったカラオケにも足を運べましたし、お酒もかなり飲むことができました。

多くの神社さんにも参拝できましたし、多くの親族の方々にもお会いすることができました。

ありがたい。ありがとう。ありがとうございます。

今年もより一層、頑張りたいと思います。

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