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責め苛む 背舐め寒い 無為な攻めさ 背忌むな鮫

Jun 29

2008

もしも地下室に閉じこもられたらどれだけいいだろぅ。

できるならば、それだけで充分である。手一杯なはずだ。

あらゆる情報やら人間関係やら自然の法則なんてものは、際限がなく、手に余る。



よっぽど神経質な人間であれば、整理のつかない事態の多さに気がおかしくなるだろう。

ある程度の馬鹿であるか物事に対しても忘れ勝ちか無関心でないと、平然と歩けないだろぅ。



目の前を過ぎ去って行く人人人に対しても何と言えばいいのか、どんな関係を持てるというのか、どんな意味があるのか…

決して背景やオブジェクトではないはずだ!







と、今ドストエフスキーの「地下室の手記」を読み始めると、急にこんな感傷を持つ…

僕程度の感覚ではこれが精一杯だけども、ドストエフスキーの主人公はもぅ実際に地下室に下りないと堪えられないほど、異常かつ凡人であるように思う。



こうして本を閉じれば、電車内。もちろん人と文字と景色と云々の刺激物だらけであるが、それほど神経質でもない考えることに対して怠惰であるから、不可解さをそのままにしておける。さほど人に興味がないのか、自意識というものを見下して外の刺激を「見る」だけで充分なのか。



そしてまた本に目を落とすと、お手製の持ち運び自由な地下室を行き来するのだろぅ。



僕にとってはどちらも現実であるよ。どちらも同じ程の価値がある。

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