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無題

Jan 11

2011

 だれのために とか なんのために とか
なにかのために演劇をやっているというのは
すこししゃらくさいかもしれませんが
僕がいつも胸においているのは
世界のどこかにいるたった一人の少女のために
演劇をしようと心がけています。
「星の王子様」みたいな言い回しですが、自分では気に入っています。
その少女というのは
とてもかなしいかなしい女の子で
世界のだれからも愛されず、理解されず、わかってもらえず、
家庭や、社会や、生活や、そのほかすべての現実から疎ね者扱いされています。
つらくてしかたがないんだけど、死ぬこともできずに、なんとなく生きるしかない女の子。
その子が、ふとなにかの縁で、芝居小屋に吸い込まれて、
そこで自分が夢でしか描くことのできなかった世界がひろがっていたら……
少女はきっと、「救われた」と思うでしょう。
ぼくは、できるならば、そうゆうことがやりたい。
大多数の評価というのもそりゃ咽から手が出るくらい欲しいですが、
そのせいで、その女の子を見殺しにするようなことがあれば、
僕は演劇を続けていけないんだろうと思う。
数年前に、ある決意をしたことがありました。
たった一人の人間も救えずに何が演劇だと。
もう何度かここに書いたことがある気がしますが、改めて書いておきたい気になりました。
ぼくにとって、演劇は、ただの娯楽や見世物ではなく、
この現実世界と対等に屹立するもう一つの世界であり
目に見えないものの力をかりた神事めいた行為であり
たったひとりのだれかのために、だれかを救うためにやる行為でもあります。
いうなれば、それは、
一言でいえば、「愛」なんだと思います。
美輪さんもよくいっている、あの「愛」です。
愛がなければなんにもなりません。
そしてその愛というのは、もう現代では
悲劇や、恐怖のなかにしか見いだせないほど、追い込まれ
正体を見誤られているようです。
ならば、ならば、それをやろうじゃないか。
パン屋の店主だって、たった一人の女の子のために人殺しをするのかもしれない。

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