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映像詩、

May 11

2009

寺山修司の映画を見ました。



長編の映画はある程度見ていたのですが、短編は全くでしたので。

(ニコニコ動画で検索かけたら『ジャンケン戦争』という短編見れました……)

つい先日まで渋谷のユーロスペースという映画館で寺山修司の没後二十五年を記念して全映画を公開していました。



寺山さんの俳句も短歌も著作も芝居も映画も、たまりません。言葉の魔術師といわれたり、千の美意識を持つ男を言われたり、百年たったら帰っておいでと言われたり……職業寺山修司と名乗ったらしいですが、毫も違ってないです。

短編の話は本を読んで噂だけは知っていましたが、実際にみるのとでは大違い。

ひとつは、画面に同時に三本分の映画が流れます。折檻具が出てきたり、男が放尿したり、裸の女性が……これは三分しかない『青少年のための映画入門』という短編ですが、まずここで脳みそに快楽物質が浸透します。

『疱瘡譚』という三十分程度の短編は、青年が包帯ぐるぐる巻きにされるところから始まります。その後はもうイメージの世界というしか書きようがないです……セリフは短編集を通してほとんどありません。奇妙奇怪な光景は見ているうちに……ハマります。ややあって、包帯を解いていくと見事男は疱瘡にかかっています。

『マルドロールの歌』は僕も一番見たかったのですが、原作ロートレアモンの映像化です。読む映像、映像による翻訳とかかれていますが、これは原作を読んだあとだと数十倍楽しめます。といっても、原作に書かれたままの光景が映像化されるシーンなんて全くなく、これまたある美意識に支えられているようなのですが……イモリが女性の裸体を這うシーンだとか、ロートレアモンの本に火を放ちイモリも一緒に焼くシーンだとかたまらなくエロティックでした。

『ローラ』はたぶん目に見えて一番分かりやすいと思います。

映画館に座っていた男が、スクリーンの中に入っていきます。(本当に。)

スクリーンの中の服のはだけそうな身なりの女性が三人で、映画館に座って見ている人たちを挑発します。すると怒った観客の一人がスクリーンに向かってものを投げ始めます。やられたスクリーンの中の女たちはさらにヒートアップして、ここまで来いと挑発すると、全身真っ赤なスーツの男が通路を通ってスクリーンの前まで行くと、スクリーンの中に吸い込まれていきます。吸い込まれた男はスクリーンの中に現れます。そして素っ裸にされて、スクリーンから追い出されます。スクリーンから素っ裸の男が飛び出してきて、走り去っていきます。

『審判』はもう釘を打つという行為によるもの…といったらいいのかな…。写真に釘を打ったり、壁に釘を打ったり、男が地面に釘を打つと裸の女がその度に喘いだり、巨大な釘を抱えた男が荒野を走っていたり、男が自分の釘を女に挿入していたり…巨大な釘小さい釘を打ち付けたり、釘の先をなめたり……もうたまりませんでしたよ。ラストシーンは観客参加型の仕掛けが……





説明だけになってしまっては面白くないですね……

他には『草迷宮』という中編?と、『迷宮譚』『消しゴム』『一寸法師を記述する試み』を見ました。



草迷宮はセリフもあり芝居もありですが、それでも言葉の数は少ないのでは?寺山修司ほどの言葉の魔術者が、映像を一言も語らせずに作り上げるということの単純な驚き。詩的な映像。けばけばしさもあるのだけれど、そこにはどこか一言に切り捨てられない魔術的な魅力があります。



映画の新しい道を探る「実験映画」。

常に新しいことに挑戦し続けた寺山さん……。



その試みの軌跡をたどってみても、死後二十五年たっているというのに、全然廃れていない。



追いかけて追いかけて、そのうちに一生なんて平気で終えてしまいそうなほど異質で偉大な人。



死なずにいたら、今頃なにをしていたのだろうと、考えてしまうの人も僕以外にもたくさんいるでしょう。

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