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拮抗……

Aug 10

2007

本日の稽古は、伴久雄役の池上くんのシーンを中心にやりました。



池上くんは、僕が外部のワークショップに参加していたときに知り合い、次第に仲良くなっていき、今回参加してくれることになったのです。





基本的に出演者は僕が通っていた専門学校や養成所のつながりですので、全くの外部で知り合った池上くんの芝居は、僕にとってはちょっとしたイレギュラーなわけです。



とある名の通った劇団にいた時期もあり、この後、12月にも芝居が控えていたりと、多忙な方なのですが。





ようやく、僕のほうでも、演出として池上くんの方針が決まってきたので、今日はそれを伝えていったのです。





池上君の芝居は、すごく最近の若手演劇界に吹き荒れている風潮を見事に受けたようなものでした。

「ナチュラルに」とか「普通っぽく」とか、絶対に台詞をかっこよくなんて喋ったりせず、むしろ、とことんに力を抜いて、ある種「だらけたように見える」ところまで、振り払います。



「自然な芝居」といった感じ。





ですが、そこにある落とし穴にはまっていたのです。



僕は、その芯の部分でさえ、成立していたら、表現方法はどれだっていいし、無限にあると思っていまして、今回の池上くんの場合、それが表現方法にのみ囚われているのでした。



前回の本房さんは、キャラクターという概念に囚われていたのですが、今回の池上君は表現方法に囚われていたのです。



ですが、こちらは芯材はもちろん「自分」ですので、さらに一歩踏み込んで、その「落とし穴」の説明をしなければなりませんでした。





その表現の理由としては、「リアリティーの追求」などにあるのでしょうが、見え方を重視するあまりに、『「普通っぽく」を演じる』というのです。

つまり、「ホントっぽくやる」です。



でも残念なことに、それは「っぽい」だけで、リアリティーとは程遠くなるのです。その証拠に、自分が感動した瞬間のことを語っているシーンでは、実感を伴うことを恐れた、カタチだけ「普通っぽい」台詞をいうようになっているのでした。



もっと正直になればいいのにと思うのです。

概念の方が先にきていて、何故その方法を選んだのかというのが忘れられている。



これは非常にもったいないのです。

その方法ならば、「台詞を感情を込めて言う」のではなく、「言葉を実感とともに喋る」といのが得策です。





ですから、こういった場合の対処法として、強制的に実感してもらうのです。



「力をいれる」シーンだったので、池上くんと山田くんとでタオルを引き合いながら、やってもらいました。

荒療治ですが、なんとなくはわかってもらえたみたい。



ちなみに、このやり方は一概ではないので……今回の芝居には都合がよかったのです。



何せ「漢盛り」ですからね。

男の熱気ムンムンな、力技な感じがほしかったので。



マッスルミュージカルが、肉体を使った力技で本物を見せるというのなら、イヤヨは「芝居」を使った力技で本物を見せたいのです。



負けてなるものかです。







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