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宣言とかえさせていただきました。

Dec 14

2008

さて、ご存じの方も多いかと思いますが、人類?もしくは地球?に対して、4年後に何らかの裁断が下されるらしいです。

わかりやすく言えば、例の2012年問題とかいうものです。マヤの暦が等々聞いたことがあるのでは?





そして、それは冗談ではなく、実際になにかあるらしいのです。



霊能関係の話も僕は大好きでして、そういったものを読む機会に巡り合いまして、その方の書くものはとても信憑性が高く、僕自身も合点がいきましたので。





突拍子のない話にも聞こえますでしょうが……神様にも様々な神様がいらっしゃってですね、人間が生きる世界に詳しい方々は、懸命に手を尽くしてくださっているらしいのです。また、それとは逆に、人間を排除しようとしている方々もいらっしゃるらしくてですね。まあ、さまざまな立場の方々がいらっしゃるようです。



そして、さらに高位の方々。星と星の間の生き死にをつかさどっているような壮大なスケールの方々は、当然、僕ら人間一人ひとりのことまで気にしないらしいです。





もし、なんらかの決断というのが「さよなら」の方向へ転べば、ボウフラのわいているバケツの水(おそらくは微生物も沸いているだろう)を道路にぶちまけるような単純なものだろうと僕は思いました。

僕らだって、平気でアリの巣を掘り返して水攻めにしたりしたことがあるわけですし。





あ、でもこれはあくまで例えであって、突然に人間が死に絶えるとかいうようなハリウッド映画のような展開ではないでしょうがね。









少なくとも、その4年後を目途に何かが決まるらしいのです。

あちらの方で決められるらしいのです。







じゃあ、僕らはどうしたらいいのか。

できることは、なにであろうかと。







と、その僕が読んだものを僕なりに解釈すると……そのボウフラのバケツを輝かせることなのではないかと。



つまり、それをボウフラのバケツではなくせればいいのではないかと思います。



人間というものは、生命や今後の世界、宇宙に対して、有効な存在である輝かしいもの、輝かしい魂をもった存在が多くいるということを証明できればいいのじゃないかと。



その時に向けて、確かに世界は変わろうとしつつあるのは感じます。それと同時に、人間を貶めようとしているものの存在も感じます。人にも目に見えないものにも。





多くの方が、こうして、ネットなどを通じて、人と心を通わせようと、人に物事を伝えようとしている。それはもしかして、無意識に何かを輝かせようとしているのではないかとふと感じました。



物を書くなどの、「創作」ということは、それだけで、神にまでも匹敵する人間最大の能力だと、僕は思うからです。





それに、僕はそういった、人の力を信じているからこそ、芝居というものをやっているのですし。

そんじょそこらの劇団とは精神的目的が大きく違うと自負しております。

演劇や芝居というものは、こういった歴史や神の世界にも匹敵する創造の行為であると思っております。決して平和産業・娯楽で片付けたくはないのです。もちろんそうゆう側面もありますが、「戦争になったら、芝居ができない。だから戦争をしない国にしたい」という気持ちで反戦芝居などを作っている方も多く見られますが、ずいぶんと腰骨が弱い、腹の据わっていないように感じます。ま、それはまた別の話として…





兎に角も、この四年後は何としても、乗り越えたいのです。



気持ちをきらめかせなくてはならない。



書いてあったことを、使わせていただくと、

それには「どんな小さなことでもいので、目標を定め、それにむかい努力すること。」らしいです。

それは、「本当にどんな小さなことでもいい。」らしいのです。



エコを心がけて、電気をこまめに消すとか。それだけでも、立派に輝くらしいのです。ここで、僕はなるほどと思いました。



(ちなみに神様には金銭の感覚はないらしいのです。量の大小はこの現世の感覚なのかもしれません。つまりは、輝く加減も、正に向くか、負に向くかという問題で、その大小の問題ではないのかと勝手に解釈しました。)





だから、僕もせっかくだから、その活動に参加しようと思いまして。



今までは、言葉を出し惜しみしたり、勿体ぶったり、堅苦しいことを書いたり、多少体裁取り繕うようなことをやろうかと思っていましたが……

そうこうしている場合ではないなと、そんな時間はないなと思いまして。



かけるだけ量を書こうと。だって現世なんだもん。量があるからには、量を残したいなと。それはもちろん、このネットだけの言葉でなく、紙に書くやつも。



ということで、ぐずぐず凹んでいる場合でもないし、だったらやることやった方が有効だなと思いました。







当然、この話を聞いた当初は、まあ昨日なんですけど、これはたいへんなことだぞと震えあがりましたが、一晩寝たら、だってどうしようもないんですもの。







蝉がミンミンないていて、大声で鳴いていようが、手を抜いて鳴いていようがそのセミを僕らは区別しないし、気にしないのと同じだというのですよ。





だったらば、僕個人がどうこうではもうないのですよ。もっと全体の話であるみたいだし。かといって、手をこまねいてぼおっと待ってることはできないですし。



とすれば、僕はこうして、物を書いたりすることも好きなので、いろいろと書いてみようと。

もちろん芝居もたくさん打とうと。

僕にできることをやればいいだけですので。



それでどうこうなるなら、それまで。ロートレアモンさんが書いたマルドロールの歌のように、その神様を目一杯睨みつけて死んでやろうかと。



とにかく、光るんだ!と思えば自然とやる気も沸いてきますし、ちんたらやってる時間もないと思えば、少しは僕も早起きできるのではないかと。

そうゆうふうに考えれば、これは全然チャンスではないかと!





まあとにかくも、そういうわけで、僕はいま、小説を書けないかと挑戦している最中です。

とても難しいです。

言葉を知らないのもありますし、緻密な組み立てとかが苦手なもので…





しかしながら、書くことは好きなので、それが僕の使命であるぞと、自分を奮い立たせて頑張っているところです。



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