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厚めの唇より愛を奏でる月の蛞蝓

Apr 19

2008

お久しぶりです。前回の更新から約2ヶ月。



のんびりと構想等練り直していました。





前回は初心に返った芝居にしたいとここで名言していました。それは改めて芝居の楽しさ等々に立ち戻りたいと思ってそういったのですが、いざ幕があけてみると、未知のものへの出会といいましょうか、立ち返れば立ち返るほどに、捉えどころのない謎が次々と沸き立ち、あちらこちらにあふれて行くようでした。

それは芝居を続けて行くための原動力となるものでした。つまりは、謎を暴きたいと思う、探偵の好奇心といえば聞こえがいいですが、覗き魔のスケベ心とも近いようなものです。



探偵することの楽しさ。

最近は江戸川乱歩を読むようにもなりました。だからこそ「探偵」だなんて言葉が出てきたのですが、江戸川乱歩の小説に出てくる人物は、研ぎ澄まされた刀のような純粋さで好奇心に忠実です。他の介入を許さない個人としても魅惑と魅力をそこに感じ、探偵することを最高の味覚としています。



そうすることによる甘美さが全身を取り囲むようです。しかもそれが、一瞬間のものではなく、恒常的に。



おそらくはそういうことが収穫だったのではないかと思ってます。





さて、ここからは次回作についてです。

探偵に立ち戻ったというのならば、そこには犯罪がなくてはなりません。

ある世界のなかに犯罪を犯すのは、現代や現実世界で犯罪を犯すほど用意ではありません。実社会で犯罪を犯すのは実に容易いのです。ちょっとした油断をするだけで、法の規制を受け、たとえその人が誠実かつ実直な人間であっても報道の方で見事に殺人鬼に仕立て上げてくれます。

ある世界での犯罪がなぜ難しいかというと、まず法の規制なんてものもありませんし、それを誇張してくれる宣伝広告塔もおりません。舞台の中で人を殺してもそれは犯罪ではないようなのです。人は、その犯罪よりも、犯罪を犯した人に加担してしまうような、生まれつきの悪徳を持っているからです。

人は、そういった悪徳を求めるようです。

もうすこし解説すると、それはおそらく、「純粋な欲求」とでもいうのでしょうか?例えば……山に登って、眼下に見渡す限りの緑をたたえ、空は透き通るほど澄んでいて高い。そういった状況で、声を出したいというくらいのものですかね。

もっと簡単に言うと、「押すな」とかいてあるボタンを押したいとか。



人の欲求なり好奇心なりというものは、自分で考えているよりもはるかに崇高で、極めて純粋であり、さらにそれはたびたび悪徳的でもあるようです。



そこを根城にすることができれば、僕がしたいことにも近づくのではと思われます。



おそらく、僕は演劇がしたいのではなく、あくまで手段として演劇が合致しているのかもしれません…



さて、その悪徳を犯し、探偵の好奇心を満たすために、犯罪者は頭脳を駆使して、高潔たる思想に生きるのだと思います。





…もしも、僕がなにかしら犯罪を犯した際には、18時ごろにニュースに会うように、ここに書かれたことをうまく編集して、見事に僕を精神異常者として殺人鬼に仕立て上げてくれることを期待します。

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