blog

侏儒の皇帝

Jul 9

2008

(つづき)



ある居酒屋さんに井上ひさしの芝居のポスターが貼ってあって、余白に誰かがマジックで「カクマル死ね」と書きなぐってあった。

僕はそれが小気味良くて、その店を訪れる度に眺めていた。

井上ひさしの芝居は「芝居」ではない。左寄りの思想を「平和」を盾にしながら布教する宗教活動の一環である。そこには人間は描かれず、論破するのに都合のよい登場人物がデキレースや消化試合のように作られている。要は右翼の人間が刃物を持って襲い掛かるが、左翼の人が言葉で論破するという構図に尽きる。

徹底的に右と見なすものを廃除し打ち負かしていく、精神的優位を勝ち取りたい幼少期にいじめでも受けていたのではないかと思われる、教師顔負けのストーリー。

井上さんはよく歴史上の人物を取り上げるのだけども、その人物が一生をかけた人生を平気で思想の道具にする。余程の危篤な片でなければそんなおこがましいことはできない!井上さんには是非とも日本の歴史教科書作りに参加して、日本を二束三文で海外に売り渡す人間を育ててもらいたい。

もはや日本という国家は崩壊し、日本国民というものは抹消してしまぅだろぅ。何故それを願っているのかは皆目わからないが…





なによりも悲しいのは、そんな子供の論理を振りかざしている思想本を見て、ギョッと虚を突かれた気になっている大人(観客)である。

なにもそこまで目の高さを合わせてやることはないのです。

こちらから三行半を突き付けて、自分の人生とやらに自信をもって生きてもらえればいいのです。



左翼以外の人間の人格は否定されるか崩壊してるか…また右翼のシンボルであるようなもの、天皇や帝や軍といったものは狂人として扱われ人間の土俵に上げてもらえない。そんな本のどこに「人間」が描けてあるというのか。どこになにかしらの「真理」または「美」があるというのか。





そんな人が何故いまのような待遇の中生きていられるのか…わからない。





僕の話しが嘘だと思うのなら井上ひさしの戯曲とやらを海外でやってみるといい。

「日本人はどうしてこうも子供じみているんだ」と不思議がられることだろう。また「どうしてこうも自国を愛せないのか」と不思議がられるだろう。





井上ひさしの本の何が面白いのか僕が納得のいく話しを誰かから聞きたいものです。

笑顔で人を殺せるようになる教えを喜んで受け入れる人々の気がしれない。

愛はどこへいったのか。

ここまでも忘れさられてしまったのか。



乳母車に乗った皇帝はまだ立たないでいるようだ。

Comments