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人形の夜(1)

May 31

2009

お芝居数本みてきました。

まず金曜日には青山のこどもの城の中にある円形劇場。

高泉淳子さん作演出・宇野亜喜良さん衣装・美術による

「セカンドレッスン」というお芝居。

『カエルの王子様』という童話をベースに、少々の愛らしさと幻想を盛り込で現代的?超個人的恋愛作法を説いていく。戯曲の面白さも演劇的側面に沿っていて面白かったのですが、それよりもなによりも、宇野亜喜良さんの美術と衣装。

もともと宇野さんの書く絵は大好きで、描かれた女性像には毎回胸がときめくのですが、そのいつも見ていた絵が動いているという感動といいますか……マンガから初めてアニメができたときのような驚きがあったんだと思います。



きている衣装も宇野さんのイラストそのままではというようなラインの愛くるしいもので、髪型もそれに合わせて、盛ったり、カツラをかぶったり、かぶり物であったり、王冠がのっていたり……

開場時には中央に椅子があるのですが、その椅子の背もたれとなっている木材が、そのまま生長して木になって枝葉をはやしていたり……



どのシーンをとっても宇野さんの煌びやかな装飾品が表れてくるので、つぎつぎに目が奪われていきます。ただの布切れ一枚というものが全くなく、必ずなにか宇野さんが描いてあったりするので、もうたまりません。



と、開場中に椅子に座って劇場内を見まわしていると、当の宇野さん本人が客席の後ろに座ってみているではありませんか。

まなざしは真剣で、まるで出演者と同じ顔つき。

ドキリとしました。

美術ってのは作ってしまえばそれで終わりじゃないんだなとその態度からありありと見て取れました。



演劇という行為にのせて、大勢の人間の力によって、作られたものは呼吸をはじめ動き出し、単なる展示品美術品ではなくなり、ある要素の一つとなることによって……そうだな……生き物が生まれるわけですね。芝居のように、誰かが演じて登場人物が生まれるように、美術品が芝居を初めて別の生き物になって、客の脳に発信されていくのです。客はその映像や電波、余波、空気、感触などの感覚によってそれをとらえるわけです。

そうすることによって、初めて、作者と観客との間に伝達、手紙を直接渡すような現象がようでした。



それらの作品は、演劇という機構にのせるとこによって、初めて「行為」になりえていたように思いました。

つまり宇野さんがそうゆう真剣な目で客席に控えていたというのは、「行為」の最中であったからだと思いました。作者と受け手が、その衝撃の出会いをなすという、その決定的な事件の現場に居合わせることなのですから、それはもうとんでもなく素敵なことなんだなと思いました。



もちろん、どの舞台上にのっていた作品をとっても、手の込んだなんともいえなく妖艶な代物ばかりで、手抜きの跡など見えませんした。そのもの自体でも成立していました。ここに行きつくまでにどれだけの時間と労力があったことか、それでもまだ、この舞台の上にのって客に届けるその瞬間にすべてがかかっているというのは、なんとまぁ、美術的ではないですよ、これは。



一所に展示してあって、ゆっくりと歩きながら、解説なんかを読みつつ見て回るような美術館の構造なんてなんのその。

この一瞬間にかけるからこそ、それらのエネルギーといったら絶大なものがありました。

きわめつけに大好きな人形まででてきて、僕はもうああ恍惚!



いい体験をしましたよ。



あ、それから吹き替えとかもやられている、よくジャッキーチェンの相手役の声とかをやっている雨蘭咲木子さんというかたも出ていて、これがまたたまらなくセクシーな声!背も高くて、切れもあり、おもしろい表情を作り出します。すぐ好きになれちゃいます。

もちろん、主演の高泉さんも素敵でした。舞台上のオーラみたいなものは段違いで、照明が消えて真っ暗闇でも、そこにいるってのがなんとなくわかるくらいです。



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