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つみばつ 

May 25

2010

 いまとんでもなく分厚い本をよんでいます。
それも一ページが上下二段になったものなので、なかなか進みません。
次回作の主軸にしようとしているはなしで、ある怪人物の日記とゆうか、回想録です。
ようやく三分の一ほど読み終わったところでして、一番読みたいところ、しりたいところは最後のほうなので、読み終わるまで気が抜けません。
うまくいくといいです。
さて、長編つづきでまぎらわしいですが、
自主映画の監督さんに勧められて、ドストエフスキーの長編小説、『罪と罰』を読んでいたのですが
ようやく読み終わりました。
僕が読んだのは、光文社から出ている古典新訳のものですが、1巻~3巻までありました。
どれもそこそこの分厚さで、かなりのハードパンチャ―でした。
主人公のラスコーリニコフが、金貸しのばあさんを殺してから、自首するまでの約一週間。
当時の社会情勢を写した現代小説。貧困に苦しむ人々。若者を魅了する思想の数々。
そしてドストエフスキー自身が信仰していたとゆうキリスト教。
主人公が悩むのは、ばあさんを殺したことではなく、英雄のようになんの苦しみも感じずに人を殺せなかったことであり、その結果自分がどうしようもなく救いようのない人間であったと自覚してしまうこと。その事実は当然最初からわかってはいたのだが、しかし……
とかなんとか。
物語の開始から、主人公は悩みのレベルを少しずつあげてゆくのですが、読み手はその階段に自然とつられてゆくとゆう妙な興奮がありまして、
殺人者の側から殺人を体験してゆき、正当性を立証してゆき、最終的には「罪と罰」の真意に触れる。
それは決して「罪と罰」とゆうタイトルからイメージした、単純な後悔とは、全く違ったものになるかと思います。
まあ長い話なので、あまり読むことをすすめることはしません。
ドストエフスキーならもっと短い話もあるのでそちらでもよいかと。
個人的には「白夜」とか好きです。
あ、ただ「罪と罰」にでてきはスウィドリィガイロフとゆう人物はすごく好きでした。なかでも6章は興味深かったです。

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