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さようならソクラテス

Jan 4

2008

あれこれ考えて手詰まりになるまえに

すぐに手を出すセッカチも必要のよう。



ビニール袋を頭からかぶって、過呼吸を抑えるまえに

口移しで二酸化炭素を吹き込む機転もいるのかもしれない。



それも全て、時と場合によりけりのよう。







新聞にこう書いてありました。

サヴァン=電光石火計算。再現演奏など狭い分野で特異な才能を発揮する人々をこう呼ぶ。

なんらかの障害がある人が、ものすごい計算が速かったりだとか、一度CDで聞いた曲をあっというまにピアノで演奏できたりだとか、ちょっとだけ観た景色を細部まで記憶していて緻密な絵を描いたりだとか。



そのどれもが、現段階では驚異的な記憶力のおかげではないかといわれているらしい。その記憶力と引き換えにそういう人々は対人関係が苦手だったり自閉症だったりするらしい。



人間が普段使っていない部分の脳や能力をどうのこうのと書いていたが、興味をひいたのは、その能力は人間が進化の過程で放棄していったのではないかというところである。

人類はより抽象的で総合的な言語能力、対人能力を優先させたのではと書いていた。





でっかい脳の中にはそんなに記憶するだけの容量を能力があるにもかかわらず、それを捨ててまで人とかかわることを選んだのではないかと。



なんだか少しロマンを感じます。











↑電光石火。不思議な日本語…

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