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ありす について。

Sep 24

2007

先日買ってきた「不思議の国アリス」あっというまに読み終わりました……



想像していた内容よりも……アリスの人物像がガラリと崩れました。



おそらく多くの方がそうだと思うのですが、ディズニーのあのかわいらしいアリスを想像していたのですが、原作のアリスは、とても偏屈で理屈っぽく、なかなか愛せないキャラクターでした。



そもそも、この「不思議の国のアリス」というお話は、作者のルイス・キャロルが、大好きなアリスという女の子にプレゼントしたお話だそうで。

ええ。作者、今風に言うのなら、ロリータだったようなのです。それも生粋で、生涯を独身で貫くほどのロリータ。

これはなかなか潔い。





つまり、少女にプレゼントしたお話なので、喋り口調で書かれ、ところどころにわかりやすくて余計な作者の解説が括弧書きなんかで入ったりするのです。



プレゼントされる側は、ルイスキャロルが喋ってくれる話を聞くだけでいいのですが、そういう相互関係から生まれた副産物を第三者が本として読むと……なんだか非常に疎外感を感じ、かつ、どっぷり物語りに浸かりたいのに、そうさせてくれない活字の恐怖があります……



「ふたりエッチ」というマンガの克☆亜紀を思い出します。

「ゆらさぁ~ん」と主人公のまことが、奥さんに飛びつくと、

「やれやれ☆(笑)」なんていう作者のコメントが入り、非常に興ざめしてしまう。





しかしながら、「不思議の国のアリス」がココまで世界中に愛されているのは、そういう興ざめ部分を抜きにしても、その世界観にたまげてしまうからでしょう。

大きくなったり小さくなったり、時計をもつ兎にであったり、帽子屋とウカレウサギのお茶会があったり、チェシャネコがいたり、女王様の「首を切れ~」が響いたり。





きっとこの原作は、紅茶のティーパックのようなもので、そのままではおいしくいただけないが、お湯に浸して、成分を浸透させるという2次的な行為によって、「おいしい」と感じられるようになったものなのだなと思えた。



そしてさらに、そのお湯に浸すという行為をディズニーが見事にやってのけたのだろう。

あくまで、原作という扱いで、ストーリーを全世界向けに整理して初めて、見世物になったのだなと感じた。





しかしながら、そのルイスキャロルとアリスという少女とのやり取り、初めて物語が生まれた瞬間のことを想像すると、それはそれで、なんだかとてもかけがえない切なく素敵なひと時のようにも感じられる。



もしかしたら、これはその2人の中だけに秘めておいてもよかった物語なのかもしれないなとも思ったりする。













↑首をきれェ~[:ハート:][:スペード:][:ダイヤ:][:クローバー:]

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